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久保田利信

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2016
  • 6月 デビュー30周年を迎える。
    30周年特別企画として「30th Anniversary Vinyl Collection」発表。日本国内で過去発売された13アイテムのアルバムすべてをアナログ化しボックスに収めた大型商品。


 次作作品を鋭意制作中

2015
  • 3月 オリジナル・ニューアルバム「L.O.K」発表。4年半ぶりの王道R&B Albumとして、レジェンドの位置を確立する。
  • 4月 全国45本のコンサート・ツアー実施。15万人を動員。圧倒的なパフォーマンスで人々を魅せた。
2013
  • 1月 Sony Music主催「Beat Connection」公演にて「Toshinobu Kubota presents “The JAM”」を担当。およそ1時間分をプロデュースし、今は亡きR&Bレジェンドへのオマージュでテーマを構成。エンターテイメント性と音楽性に富んだパフォーマンスに多くの賞賛を得る。
  • 4月 “もうひとりの久保田利伸~Parallel World Series~”第2弾のレコーディングのためブラジルへ。ボサノバの創始者アントニオ・カルロスジョビンの孫であり、旧知の仲のダニエル・ジョビンとセッションを行う。日本テレビ系「Another Sky」も収録。
    その後NYに渡り、Paul StuartのCM撮影がPaul Stuart本店にて行われる。
  • 5月 配信のみで扱われていたフォルクスワーゲン“up!”のCMテーマソング「Bring me up!」の評判が上がる一方で、満を持してCD化。
  • 7月 企画アルバム「Parallel World Ⅱ KUBOSSA」発表。シリーズ前作の「KUBOJAH」制作時から次はボサノバと決めていた企画が22年を経て実現。ボサノバクラシックから自曲のボサノバアレンジバージョンなどが収録された逸品。
    US老舗ブランド「Paul Stuart」のCM放映がスタート。
  • 8月 「Toshinobu Kubota Special Tour with Acoustic Band ★in the Universe★」スタート。初の野外ソロ、それもアコースティックという今までにない企画性の高いツアーを行い、何より歌をじっくりと聴かせるパフォーマンスで客席を唸らせる。追加公演を含め全国13本。
  • 12月 日本コカ・コーラ「Schweppes」にCFに出演。フレンチブルドックと戯れる映像が評判となる。
2012
  • 1月 昨年からの「Gold Skool Tour」の集大成、国立代々木競技場、大阪城ホール、名古屋ガイシアリーナにて「Party ain’t A Party!」を実施。大成功をおさめる。
  • 4月より2010年発表「Timeless Fly」の制作時から足掛け3年に渡るAnniversary Yearのすべてを終了させ、充電期間に入る。
  • 5月 5年ぶりのLIVE DVD「25th Anniversary Toshinobu Kubota Concert Tour 2012“Party ain’t A Party!”」発表。
  • 6月 初のインド撮影旅行へ。1年で最も暑い季節を誤って選んでしまい、大変な思いをする。
  • 9月 フォルクスワーゲン「up!」の新CMに出演。使用された楽曲「Bring me up!」の歌詞の一部である“Pon Pon Po-Po-Pon Pon”が大評判を呼び、小学生にまで浸透する。
  • 11月 初の写真集「Toshinobu Kubota in INDIA」が幻冬舎より発売。
2011
  • 昨年のPre-Yearを受け、デビュー25周年の年を迎える。米国では“25(Quarter)”に意味を持つものが多く、普段Anniversaryに興味の無い久保田もこの年を華やかなものにしたいとスタッフに決意表明をする。
  • 7月“25周年Anniversary Song「流れ星と恋の雨」”をリリース。デビューの年から現在に至るまで発表してきた楽曲のタイトルをモチーフに作詞し、応援してくれた人々への感謝を精いっぱい込めた作品となる。
  • 8月15枚目となるオリジナル・アルバム「Gold Skool」を発表。収録されたEXILE ATSUSHIとのコラボ曲「Golden Smile」は震災で傷ついた人々に向けた壮大なLOVE SONGとして注目を集める。
  • 9月 角川映画「夜明けの街で」(10月公開)主題歌「声にできない」発表。Music Videoは上海で撮影され、中国の国民的女優イン・タオと共演。彼女のプロフェッショナルな演技に度肝を抜く。
  • 10月 25周年Anniversary Tour「TOSHINOBU KUBOTA Gold Skool Tour」スタート。
    15万人を動員する。2年連続の全国ツアーはデビュー時以来であり、この年の久保田の意気込みを見事にかたちにする。
  • 11月 25周年Super Best「THE BADDEST~Hit Parade~」(2枚組)を発表。今までの名曲・ヒット曲が余すことなくおさめられ、爆発的な人気を得る。
2010
  • 1月27日NHKドラマ「君たちに明日はない」主題歌「Tomorrow Waltz」リリース。
  • 2月24日、約4年ぶりとなるオリジナル・アルバム「Timeless Fly」リリース。
    昨今の日本の音楽シーンに刺激を受け、多くのフィーチャリング・アーティストを迎える。
    KREVA、MISIAを始め、新進気鋭のヒップホッパー、小泉今日子等の参加で、よりバラエティに富んだ、かつ力強い作品となる。
  • 6月16日フジテレビ系ドラマ「月の恋人〜Moon Lovers〜」主題歌「LOVE RAIN 〜恋の雨〜」リリース。久保田ならではのLove Songは大いに支持されヒットとなる。
    6月20日より「Timeless Fly Tour」スタート。
  • この年は「ap bank」「J-Wave Live」等々、多くのイベントにも出演し、賞賛を得る。
    11月24日、愛と雨をテーマにした企画アルバム「LOVE & RAIN〜LOVE SONGS〜」リリース。
2009
  • 4月18日 「ブラックニッカクリアブレンド」のCM出演決定。2007年より出演の松尾貴史氏と共に、「仲間が増えた編」に登場。大人の余裕を感じさせる二人が電話で会話をするお洒落な演出が話題となる。CMに合わせて書き下ろした曲「SoulMate〜君がいるから〜」が映像を引きたてる。
  • 4月22日 「Soul Mate〜君がいるから〜」CMバージョンの配信スタート。
2008

今年はMISIAとコラボレーション! プロモーション・ビデオでは顔マックロで100%ブラック!?

  • 1月1日 MISIAとコラボレーション制作した「FLYING EASY LOVING CRAZY」が、「DAIHATSU DRALION」東京最終公演(主催:フジテレビ)のイメージ・ソングとして採用され、CMオンエア開始。
  • 3月26日 久保田利伸 feat. MISIA「FLYING EASY LOVING CRAZY」リリース。
  • 5月26、27日 「MISIA Africa Live Yokohama」(横浜BLITZ)にゲスト出演。「FLYING EASY LOVING CRAZY」をライヴで初披露。
  • 6月 クライスラー・グランドボイジャーとのコラボレーションシングル「ooh wee Rida」を発売(配信のみ)。
  • ミュージック・ビデオは久保田利伸×クライスラー・グランドボイジャー×MTVのコラボレーションで制作。久保田は顔を黒塗りにし、100%ブラックの顔立に本人も驚愕する。
  • 8月6日 世界のトップ・アーティスト達が久保田の楽曲を歌った「WORLD SINGS KUBOTA」がリリースされる。Caron WheelerやPatti Austin、Arrested Developmentなど、誰もが知っているアーティストが久保田の曲をカヴァーし、それでいて自分の個性を豊かに表現している。まさにトップ・アーティストならではの競演だ。
  • 12月3日 発売のバブル・ガム再結成の新曲「Daddy's Party Night(懲りないオヤジの応援歌)」のミュージック・ビデオにカメオ出演。久保田は不思議な医者の役でチラリと出ている。この年は日本での活動の合間に、次回作のデモ制作などを積極的に行う。
2007

「MTV iCon」に日本人初ノミネート! KREVAとのコラボレーションも実現!

  • 年明け早々からKREVAとのコラボ曲の構想を練る。しかし、気に入ったサンプリング曲の使用許諾がなかなか取れず、発売が遅れることに…。
  • 3月8日 カリスマ・アーティストを讃えるプログラム「MTV iCon」の日本人最初のアーティストに選ばれる。久保田をレスペクトする新進気鋭のミュージシャンやラッパー、ミリオンセラー・アーティストまで多数(AI、KREVA、平井堅、EXILE・ATSUSHI、DOUBLE等々、プレゼンターにBro.TOM、黒木メイサ、DJ KAORI等)が参加して、トリビュート・イベント「MTV iCon:久保田利伸 powered by 楽天オークション」が渋谷AXで開催される。
  • イベント終了後、久保田がステージに戻り、SunMinと「Keep Holding U」をデュエット。さらに「Missing」まで歌う嬉しいオマケがあった。ちなみに、あまりに完璧なSunMinとのデュエットだったため、「久保田とSunMinはリハーサルをしていた」という噂がギョーカイで流れたが、あれはまったく久保田の気まぐれハプニングだった。
  • 5月11日〜6月23日 日本のHIP HOPシーンのトップを走るKREVAとのコラボレーション・ライヴ「Nets Super Live『JFN Human Conscious' Choice〜Unity!』久保田利伸meets KREVA」(全国9本)スタート。もう何年も一緒にやっているような見事なコラボレーションに、久保田とKREVAの双方のファンが熱狂した。
  • 8月8日 KREVAとのコラボレーション曲「M☆A☆G☆I☆C」を、"久保田利伸 meets KREVA"名義でリリース。久保田にとって、日本人との初のコラボとなる。 同時にLIVE DVD「LIVE 2006 "WE FOR REAL"」をリリース。
2006

全国ツアー「WE FOR REAL」の最中にSunMinとデュエット「Keep Holding U」リリース!

  • 3月1日 日米通算14枚目のオリジナル・アルバム「FOR REAL?」リリース。「FOR REAL?」という問いかけ系の発音が難しく、プロモーションで出演したラジオ番組のDJ達を大いに悩ませた。
  • 5月4日〜8月6日 全国ツアー「WE FOR REAL」(全国22本)スタート。息の合ったメンバー達と、フリー・スタイルなステージで見事なパフォーマンスを見せくれる。
  • 7月5日 映画「日本沈没」(主演:草なぎ剛/柴咲コウ)の主題歌「Keep Holding U」を、韓国の新人アーティストSunMinとデュエットし"SunMin thanX Kubota"名義でリリース。日本武道館で開かれた試写会で、はじめて生デュエットを披露。満員の観客が聴き惚れた。
  • その後、SunMinは全国ツアー「WE FOR REAL」の代々木公演にも飛び入り参加し、素晴らしい歌声を聴かせてくれた。
  • この年末、コラボレーション企画の話が持ち上がり、KREVAの名前が浮上。急速に話が進み、来年へとつづく!
2005

今年は日本盤リリース・ラッシュ! 怒濤の3連発だッ!

  • 昨年はアメリカの活動で日本にご無沙汰した久保田だったが、新年早々から日本の新曲リリースに向けて制作を開始。名曲が次々と沸き上がる!
  • 4月27日 日本映画の名作「Shall we ダンス?」をハリウッドがリメイクした「Shallwe Dance?」(主演:リチャード・ギア/ジェニファー・ロペス)のテーマ曲「a Love Stoty」リリース。
  • a Love Stoty」のプロモーション・ビデオは横浜の大桟橋を舞台に、吹越満さんと吉本多香美さんの共演で撮影され、久保田も1人2役の大活躍だった。カップリングの「Sign of Love」は<イサム・ノグチ展>のテーマ・ソングになり、イサム・ノグチの作品を飾る北海道モエレ山公園でのTV特番にも出演した。
  • 8月24日 TV朝日系ドラマ「菊次郎とさき」の主題歌「Club Happiness」リリース。プロモーション・ビデオにはニューヨークで知り合いになったDJカオリが友情出演。
  • 11月2日 映画「同じ月を見ている」(主演:窪塚洋介/黒木メイサ)の主題歌「君のそばに」リリース。「君のそばに」のプロモーション・ビデオには、映画にも出演している黒木メイサさんが参加し、あまりの綺麗さに見とれつつ、幻想的な雰囲気の映像に仕上がった。カップリング曲「Rock wit me Poh'!」は、NTV系「電波少年」の企画に寄せたテーマ・ソングと同時に、「ぐるぐるナインティナイン」のエンディング・テーマに。
  • 年末にニュー・アルバムのリリースを計画していたが、シングルのプロモーション活動等が忙しく、制作が大幅に遅れる。
2004

ワールドワイド・アルバム第3弾発売!

  • 全米ツアーと「SOUL TRAIN」出演の快挙!2年前から制作しはじめたワールドワイド・アルバム第3弾が遂に完成。ジャケット撮影やプロモーション準備に突入する。ワールドワイド盤に関わる活動が主となり、しばらく日本の活動が休止状態となる。
  • 9月21日(日本発売9月15日) アメリカでのシングル曲決定が二転三転したため、遅れに遅れたワールドワイド・アルバム第3弾「TIME TO SHARE」が満を持してリリース。本場アメリカでの最前線のサウンド・アプローチをベースに、源流にあるソウル・ミュージックへの敬愛を存分に表現した最高傑作アルバム。参加アーティストに旧知の仲であるAngie Stone、MOS DEFを始め、Ivan & Carvin、Ali Shaheedといった音楽好き、R&B好きには垂涎の面々が居並ぶ。確かな音作りと、長年にわたるNY生活で培ってきた人間交流から生まれたアーティスト・パワー、人として男として厚みと深みを増した久保田の魅力がぎっしりと詰め込まれた作品となっている。アルバムからのプロモーション曲「Breaking Through」は、US Radio,TVのBlackChannelで人気を博す。
  • TIME TO SHARE」のリリースを前後して、アンジー・ストーン、アンソニー・ハミルトンのオープニング・アクトとして全米各地をツアー。最初はジャパニーズ・ソウルマンを不思議な目で見ていたブッラク・オーディエンスも、最後は感動の拍手で包み込んでくれた。
  • 10月 アメリカン・ソウルミュージックの殿堂とも言われるTV番組「SOUL TRAIN」の名プロデューサー、ドン・コーネリスが「TIME TO SHARE」を絶賛。日本人ソロ・ヴォーカリストとして「SOUL TRAIN」に初出演の快挙。惜しむらくは、本番で被った帽子が少々大き過ぎた…。
2003

全国ツアーではじまり、自身初のクリスマス・ソングで締めくくる。

  • 3月13日〜6月1日 前年発表した3枚のアルバムをひっさげ、全国ツアー「mo'bounce to the ounce」スタート(全国38本)。慣れ親しんだ前回のツアーメンバーと共に、最高のエンターテイメントを提供する。多くの感動と元気を観客に与え、語り継がれるライブとなる。
  • 5月8日 ビデオクリップ「SUPER DUPER VOL.7 THE BADDEST Ⅲ on FILMS」リリース。「LA・LA・LA LOVE SONG」「Cymbals」他ライヴ映像を含む全11曲収録。
  • 6月 ツアー終了後ニューヨークへ戻り、ほぼ1年を費やしたワールドワイド・アルバム第3弾の最終レコーディングに入る。
  • 10月 日本のための新譜レコーディング、プロモーション・ビデオ撮影のために帰国。
  • 12月10日 久保田にとって初めてのクリスマス・ソング「Our Christmas」(au着うた&着ムービーキャンペーン・ソング)リリース。カップリングはNECノートパソコンCMソング「La vie son Musique」、CX系「笑う犬の情熱」のオープニング・テーマ「FUNKY DOGS」。
2002

アルバム3枚リリース! 台湾ではカンフーを決める!?

  • 年始のTV特番「最強運芸能人決定戦」で久保田が10位に。普段は澄いを気にしない久保田なのに「こいつは春から縁起がいい!」と初笑い。
  • 2月20日 シングル「Respect(this&that)」リリース。ラブソングに込められた平和へのメッセージを如実に表現したファンキー・ポップソング。
  • 4月10日 日米通算12枚目のオリジナル・アルバム「United Flow」リリース。ネオソウルの先駆けとも言えるこだわりの作品群。スタイルはFunky&Mellow。初の試みとして、作詞に直木賞作家・山田詠美氏、音楽評論家であり音楽プロデューサーの松尾潔氏を迎え、彩りを添えている。
  • 5月 ワールドワイド・アルバム第3弾のデモ・テープ制作をはじめる。全米のプロデューサーやアーティスト達と積極的にコラボレイトし、レコーディングも随時おこなう。
  • 5月10日「United Flow」発売記念SPACE SHOWER TV presents"United Flow" night。一夜限りのアコースティック・ライヴを六本木「スウィート・ベイジル」で開催。
  • 7月24日 スペシャル・ベストアルバム「THE BADDEST〜ONLY FOR LOVERS IN THEMOOD〜」を限定盤として発売。ヒットソングにこだわらず、久保田自薦のR&B好きの人のためだけに選曲された、もうひとつのベストアルバム。新曲として往年のコーラス・グループ「Whispers」の「In the Mood」をカバー。秀逸なヴォーカルに圧倒される。山田詠美氏の書き下ろし小説と抱き合わせで発売され、話題となる。
  • 8月 大ファンだったCX系TVバラエティ番組「笑う犬の情熱」のテーマ曲を制作することに。曲提供のみの予定が、番組プロデューサーより出演依頼。乗りかかった舟と、10月改編よりウッチャンナンチャン、ネプチューンとともに、思い切りパフォーマンス。
  • 12月4日 ベスト・アルバム「THE BADDEST III」リリース。「LA・LA・LA LOVESONG」「Cymbals」「Candy Rain」「Summer Eyes」「AHHHHH!」等々、名曲てんこ盛りベスト。全17曲収録。
  • 12月8日〜10日 初のアジアキャンペーンで台湾入り。10年以上に渡る生活でアメリカは熟知しつつも、アジアについてはほとんど見識がなく、不安を抱えて来台する。しかしながら台湾での人気は凄まじく、大勢のファンとマスコミに追われながら秒刻みのスケジュールをこなすこととなる。見知らぬ隣国に対する愛着が増大し、以後感謝と興味を持って接することとなる。
  • アジア中のマスコミを集めた記者会見でチャイナ服を贈られた久保田は「むかしカンフーをやっていた」とポーズを取る過剰サービス。翌日の各新聞はカンフー・ポーズの久保田の写真に「日本R&B界のゴッドファーザー」と書かれていた。
2001

久し振りの夏休みの後に、9.11テロ! 自分を見つめ直した1年。

  • 1月28日の全国ツアー終了とともにニューヨークへ戻り、US盤2nd.シングル「Masquerade」のプロモーション・ビデオ撮影、2nd Promotion期間に突入。
  • 初夏までスケジュールにしばられ、2年ぶりの短い夏休み休暇をようやくゲット!
  • 8月 日本盤シングルのレコーディングがスタート。アメリカで構想を練り、その後日本でスタジオに入る。この頃、自室に置いてあったスーツケースに足をぶつけ、なんと薬指を骨折! その時に使っていた松葉杖は、のちにファンクラブでプレゼントされた。
  • 11月14日 CX系TVドラマ「水曜日の情事」主題歌「Candy Rain」リリース。カップリングはNEC i501携帯電話CMソング「In your flow」。「Candy Rain」を都内のスタジオでレコーディング中、NY WTCテロのニュースを受け、衝撃を受ける。この事件は、久保田が元々携える哲学を改めて見直すきっかけとなり、事後の作品に、より強く表現されるようになる。
  • NYテロ事件により、アメリカへの渡米がままならず、次作日本盤アルバムの制作を日本で始めることとなる。
2000

日米リリースと全国ツアー。10年振りのドレッドも多忙に負ける!?

  • 21世紀を迎え、10年振りにドレッド・ヘアーに。すると事態は好転。ようやくワールドワイド・アルバム第2弾の制作が終了する。
  • だが休む間もなく、日本のためのシングルとアルバムのレコーディングをJAMMIN' DOWNTOWN STUDIOで開始。またもスタジオ暮らしに戻り、せっかくのドレッド・ヘアーも急速に型くずれ…。
  • 6月21日 シングル「Nothing But Your Love」リリース。(Japan Only)
  • 7月25日 (日本発売6月28日) ワールドワイド・アルバム第2弾「Nothing But YourLove」リリース。膨大な時間を要した渾身の作品。参加アーティストにTony ToniToneのRapheal Saadiq、Diane Warren、Soul Shock & Karlin、Pras、以後長い付き合いとなるThe Roots、Angie Stoneなどなど。USでプッシュ曲となった「NothingBut Your Love」、「Masquerade」、コンサートで定番となった「Never Turn Back」を収録した全13曲。
  • 8月30日 CX系シドニー・オリンピック企画イメージ・ソング「ポリリズム」リリース。
  • 9月27日 日米通算11枚目のオリジナル・アルバム「AS ONE」リリース。過密スケジュールの中、ほぼセルフ・プロデュースに徹した力作。
  • 10月18日 ビデオクリップ「Super Duper vol.6」リリース。収録ビデオ「AHHHHH!」「the Sound of Carnival」「SOUL BANGIN'」「ポリリズム
  • 11月1日 アルバム「AS ONE」より「Always Remain」をシングル・カット。小泉今日子氏特別出演に対し、ドレッドヘアをあきらめ、ほとんどアフロヘアに様変わりしている久保田の姿が林屋ぺー氏にしか見えない貴重なプロモーション・ビデオが制作される。
  • 11月2日〜2001年1月28日 4年振りの全国ツアー「Nothing But As One」スタート(全国34本)。米国で培ってきた実力とスタイリッシュなステージで観客を魅了する。ほとんどのバック・ミュージシャンを米国から参加させ、BGVを初の4人体制にし、贅沢なパフォーマンスを繰り広げる。
1999

世紀末の久保田利伸は、過密スケジュールに悲鳴を上げる!

  • ワールドワイド・アルバム第2弾の構想を胸に新年を迎えるが、今年もブラック・シーンのゆる〜い時間に悩まされる。終着点の見えないスタジオ・ワークがあまりにも続くので、とうとうニューヨークのダウンタウンに<NY JAMMIN' DOWNTOWN STUDIO>を開設してしまう。
  • 日本のリリースもストップさせるわけにはいかず、しかもシングル2枚同時発売というスケジュールのため、JAMMIN' DOWNTOWNSTUDIOで缶詰になる日々に悲鳴を上げつつも、なんとか頑張る!
  • 7月28日 TOYOTA LAND CRUSER新型<PRADO>のCMソング「SOUL BANGIN'」と、TBS系TVドラマ「独身生活」主題歌「the Sound of Carnival」を同時リリース。
  • 8月 超多忙なスケジュールを縫い、新曲プロモーションのために久々に帰国。
  • 8月21日 久保田が詞曲を手がける東宝映画「メッセンジャー」(主演:飯島直子・草なぎ剛)全国公開。出演者全員が歌えるラップ曲というリクエストを受け、楽しく軽妙なサウンド作りに勤しむ。映画のエンドロールに流れる出演者の振り付けは、久保田がNYから電話でBro.KORNさんに頼み上げて指導してもらったもの。バドワイザーのCMとしても起用され、全国的に「楽勝!楽勝!」の声が響き渡る。映画公開初日挨拶で出演者と共に舞台に立つ。控え室で「カトチャンのイラスト入りライター」を飯島直子氏に見られ、笑われる。
  • 9月8日 映画「メッセンジャー」のオープニング曲「No Light…Candle Light」と、同エンディング曲「Messenger's Rhyme〜Rakushow,it's your Show!〜」。(映画内で使用した飯島直子さんの声をサンプリングし、彼女のかわいらしい「楽勝!」という声が聴くことができる。)を収録したマキシシングルをリリース。
  • ニューヨークに戻った久保田は再びスタジオにこもり、そのまま21世紀を迎えるのだった。
1989

ベスト・アルバムが200万枚突破!

  • 1月18日 「I Need Your Funky Thang!」ツアーがスタート。(6月29日まで全国88本)
  • 7月 ミネアポリスの元プリンスのハウス・スタジオ「Paisley Park Studio」で初のベスト・アルバムのリミックス。
  • 8月23日 NEW BLOOD PRESENTS「FUNKA HIPS LIVE SHOW」と銘打ち、全国12本のツアーをスタート。このライヴは、ブラック・フリークと自他共に認めるDA BUBBLEGUM BROTHERS、AMAZONS、GWINKO、冨樫明生等のアーティスト達が集まり、ある種ミュージカル的ステージで高い評価を得る。
  • 10月8日 Best Album「THE BADDEST」リリース。200万枚を突破して久保田もビックリ。
  • 11月 デビュー以来ハード・スケジュールをこなし続けた御褒美に、長期休暇がもらえる。ニューヨークへ渡り次作の構想を練りつつも、久保田はこの頃から本格的に全米デビューを考え始めていた。
1988

初の海外レコーディングとミリオンセラー!

  • 5月19〜21日 「Keep On Dancing Tour Last」と称し、初の国立代々木第一体育館(オリンピック・プール)でスペシャル・ライヴ。全公演のチケットが5分で売り切れ。この後、オリンピック・プールでのライヴが定例となる。また、この頃になると観客も久保田のダンサブルなステージに積極的に参加するようになり、会場全体がダンス・ホールと化す「GO GO DANCE PARTY」は快感的マンネリズムの極として定着。(このコンサートでカバー曲「In The Rain」を歌う時に、ステージに雨を降らせるという仕掛けが話題となるが、実は器材がズブ濡れになったり、中止したくなるくらい大変だった!)
  • 6月 ロス・アンジェルスの「Indigo Ranch Studio」で3rd.Albumのレコーディングがスタート。この頃の久保田にとっては「夢の海外レコーディング」だった。
  • 7月 カセット・テープ「maxell UD 」のCMに出演。
  • 9月 雑誌の取材で初めてのアフリカ・ロケ。ケニアに10日間滞在しアフリカへの思いが一段と燃え上がる。
  • 9月30日 3rd.Album「Such A Funky Thang!」リリース。久保田にとって初めてのミリオンセラー・アルバムとなり、「FUNKY」という言葉が音楽を超えて流行語のようになる。
  • 10月 再度「夜のヒットスタジオ・デラックス」のマンスリー・ゲスト。この時はイジメにあわずに済む。
    同時期、TOKYO FMでパーソナリティー番組「LAND OF GROOVE」が全国ネットでスタート。
1987

イジメにあったけど知名度も定着!

  • 4月4日 FM横浜で、初のパーソナリティー番組「SHAKE IT PARADISE」スタート。軽妙な口調と気さくな素顔が人気に拍車をかける。
  • 4月22日 2nd.Album「GROOVIN'」リリース。
  • 5月8日 「GROOVIN'」ツアーがスタート。(8月17日まで全国31本)
  • 10月 フジテレビ「夜のヒットスタジオ・デラックス」に新人ながらマンスリー・ゲストに異例の大抜擢。4週間連続の出演で、久保田の知名度が年齢を超えてお茶の間にまで定着する。(このゲスト出演の時、某大物演歌歌手が久保田に蹴りを入れるという陰湿なイジメをする。この事実を知った久保田の母親は、某大物演歌歌手のファンをやめた!)
  • 11月28日 「Keep On Dancing」ツアーがスタート。('88年4月30日まで全国70本)ますます磨きのかかった久保田のパフォーマンスに、全国の会場がダンス・ホールと化す。・12月29日 ブラック・ミュージックをこよなく愛する久保田の発案で、同好のミュージシャンが集まりシークレット・ギグ「FUNKY DYNAMITE」を渋谷ライヴインで開く。
    久保田みずからアフロ・ヘアーのカツラで「BOOTSY KUBOTA」と名乗り、ブラック・フリーク好みのカバー曲のみを熱唱するが、あまりの宣伝不足で観客はまばら。
    しかしクチコミで噂が広がり、結局は満杯となって午前4時まで盛り上がって大成功を納める。
1986

やっとデビュー! たちまちスター!!

  • SONY RECORDSからもらった新型ウォークマンが旧型になる頃、業を煮やしたか満を持したか、プレゼンテーション・テープ「すごいぞテープ」を作成。スティービー・ワンダーのカバー「We Are The World」メドレー等、抜群の歌唱力とリズム感が大きな衝撃を与え、さらにマスコミの注目を集める。
    機を見るに敏なSONY RECORDSは、ここぞとばかりに久保田のデビューを決定。(この「すごいぞテープ」は限定非売品だったため、テープのコピーがチマタで高額売買された)
  • 6月17日 TOKYO FM HALLで、ついにデビュー・ライヴ。押し寄せた音楽業界関係者が入りきれずパニックとなる。これを皮切りに全国でコンベンション・ライヴを開く。
  • 6月21日 SONY RECORDSから待望のデビュー・シングル「失意のダウンタウン」をリリース。「やっと本当にデビュー出来たら!」とタメ息。
  • 9月10日 1st.Album「SHAKE IT PARADISE」が、狙いすまされた一撃の如くリリースされる。
    このアルバムに収録された「流星のサドル」と「Missing」は、未だシングル・カットされていないものの、久保田の代表曲として広く定着している。
  • 9月25〜27日 渋谷パルコ・スペースパート?でオール・スタンディング・コンサートを行う。女性3人のコーラス・グループ「AMAZONS」と繰り広げる完成されたライヴ・パフォーマンス。それは、今までの日本人アーティストには見られなかったもので、観客は圧倒されながらも大きな支持で受け入れた。続いて、「SHAKE IT PARADISEへようこそ」ツアーで、初の全国7大都市コンサート。久保田のパフォーマンスは、一気に全国区に広まる。また、この頃を前後して、当時フジテレビの人気番組「オールナイトフジ」の看板ライヴ・アーティストとなる。
  • 11月1日 全国の学園祭ツアーがスタート。ここでも多くの観客が、初めて体験する久保田のブラック・テイストあふれるパフォーマンスに夢中になる。
1985

えっ!? まだデビュー出来ないの!?

  • (株)キティミュージック(現ユニバーサルミュージック)と待望の専属契約。
    「よしっ! これでレコード・デビューら!」と意気込むが、岩崎宏美、小泉今日子、鈴木雅之…多くのアーティストへ楽曲提供の日々が続く。
  • 「早く自分がデビューしたいら!」のジレンマの中、田原俊彦に書いた「It's BAD」が大ヒット。それまで認知の低かった日本語のラップが話題を呼び、久保田自身の知名度も徐々に高まる。
  • これに勢いを得て、自らライヴ・ハウスをブッキングしライヴ活動を再開。観客動員数も増えて次第にマスコミの注目を浴びるようになり、「久保田利伸争奪戦」が各レコード会社間で急速に激化。そして、「契約書にサインすれば新型ウォークマンをオマケに付ける!」という一言に誘惑され、久保田はSONY RECORDSと契約を結ぶ。
  • こうして久保田は新しいウォークマンを手に入れたのだが、まだデビューは出来ない! 甘くない!! 「こんなハズじゃないら!?」
誕生
  • 生まれたばかりの久保田を見たお坊さんが、「こりゃぁ立派な赤子ら! スゲー男になるら!」と感嘆。久保田家最初で最後の男児誕生であった。7月24日・静岡県出身。獅子座。O型。(言葉の最後に「ら」が付くのは、久保田の地元の方言。だから、ララという外人女性を見かけた時「ララら!」となり、ここから大ヒット・ソング「LA・LA・LA LOVE SONG」が生まれたという逸話もある…)
  • 子供の頃から野球好きで、高校時代は甲子園を目指して練習に明け暮れる。が、もうひとつの壮大な夢であった音楽の道を極めるべく野球を断念。駒沢大学入学と同時に上京し、ファンク・バンド「ホッテントット」を結成する。(この時のリード・ギタリスト・羽田一郎は、大学卒業後に大手企業へ就職するも、プロ・デビューした久保田にそそのかされ、現在も久保田の大切なパートナーとしてツアー等には不可欠な存在となっている)
  • ホッテントットの活動の中心は東京のライヴ・ハウスだったが、観客数がメンバーより少ないこともよくあった。そんな悲惨な状況にもめげず、久保田は自分の実力を信じてコンテスト「East West」に出場。見事にベスト・ヴォーカル賞を獲得し、ちょっとテングになる。で、大学の先輩に怒られる。
  • ともかく、こうして歌の実力を認められた久保田は、アマチュアながらも松岡直也氏のアルバム「LONG FOR THE EAST」でゲスト・ヴォーカリストとしてソロをとる。曲名は「THE LATIN MAN」。

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